大津地方裁判所 昭和45年(ワ)138号 中間判決 1971年3月15日
原告 中村勝
被告 大日本スクリーン製造株式会社
主文
原告の消滅時効中断の主張は理由がある。
事実
本件中間の争いは原告主張の損害賠償請求権の消滅時効が中断したかどうかに関するが、この点についての当事者双方の主張は次のとおりである。
(原告)
本訴において、原告は、昭和四二年四月九日午後一時半ごろ滋賀県彦根市高宮町四八九の一の被告会社彦根地区事務所化学第一工場内において発生した労災事故により負傷し、そのため合計六、二七〇、三〇〇円の損害を被つたが、右事故は被告会社の従業員であり、その業務に従事していた馬場佐太郎の過失にもとづき発生したものであるから、被告会社は民法第七一五条により右損害を賠償する義務があると主張して、右義務の履行を求めている。
ところで、本訴の提起が昭和四五年九月四日になされたことは被告会社主張のとおりであるが、原告は、本件労災事故の発生した日より三年以内である昭和四五年四月一日京都簡易裁判所に被告会社を相手方として本件労災事故による損害賠償請求に関し民事調停を申立て、右調停申立事件が同年八月二八日不成立により終了したため、同年九月四日に本訴を提起したものであるから、民事調停法一九条、民法一四七条一号により本件労災事故にもとづく損害賠償請求権の消滅時効は調停申立の日である昭和四五年四月一日に中断した。もつとも、右調停申立書の申立の趣旨としては「相手方は申立人に対し相当額の損害賠償金を支払うとの調停を求める。」と記載されており、右申立書に三〇〇円の印紙が貼用されていることは被告会社主張のとおりであるが、かかる調停の申立ももとより適法である。けだし、調停は当事者の互譲による解決を本旨とするから、最初から訴訟のように請求金額を明示することは好ましくなく、また、いまだ請求金額が確定しない段階でも調停を申立てる道をひらくことにより紛争の早期解決が図られるからである。さらに、三〇〇円の印紙を貼用したことは、少なくとも五万円の請求をしたと解しうるところ、請求権の一部について訴えを提起した場合には、残部についても消滅時効は中断すると解すべきである。
(被告会社)
本件労災事故は昭和四二年四月九日に発生し、原告は同日右事故による損害および賠償義務者を知つた。しかるに、本訴は同日より三年以上経過した昭和四五年九月四日に提起されたものである。もつとも、原告主張の日にその主張の民事調停が申立てられたこと、右調停申立事件が原告主張の日に不成立により終了したことは認める。しかし、右調停申立書には申立の趣旨として「相手方は申立人に対し相当額の損害賠償金を支払うとの調停を求める。」とのみ記載されており、また、右調停申立書には三〇〇円の印紙が貼用されているのみであつて、一定の請求金額が明示されていないから、かかる調停の申立によつては、消滅時効は中断されないと解すべきである。したがつて、本件労災事故にもとづく損害賠償請求権は、原告が損害および賠償義務者を知つた事故発生の日から三年を経過した昭和四五年四月九日に時効により消滅したというべきであるから、被告会社は本訴においてこれを援用する。
理由
当裁判所は、弁論を右中間の争いに制限して判断する。
本訴において原告の主張する損害賠償請求権が事実摘示のとおりであることは、本訴状により明らかである。
そして、原告が被告会社を相手方として本件労災事故にもとづく損害賠償に関し昭和四五年四月一日京都簡易裁判所に民事調停の申立をしたこと、その申立書には申立の趣旨として「相手方は申立人に対し相当額の損害賠償金を支払うとの調停を求める。」との記載がなされていたこと、右調停申立事件は同年八月二八日不成立により終了したこと、原告が本訴を同年九月四日提起したことはいずれも当事者間に争いがない。
さて、民事調停規則第二条は、調停の申立をするには、その趣旨および紛争の要点を明らかにしなければならない旨規定しているが、右は、いかなる紛争につき、いかなる趣旨の調停を求めるものであるかが明らかにされていれば足り、訴状における請求の趣旨および原因のような厳格性、精確性を必要としないと解すべきである。けだし、民事調停は、民事に関する紛争につき、当事者の互譲により、条理にかない実情に即した解決を図る制度であり、訴訟におけるような厳格性、精確性の要請が少ない反面、むしろ、申立人の具体的な要求を当初から明示することが好ましくないような場合も考えられるからである。したがつて、金銭の支払を求める民事調停の申立の場合には、申立の趣旨としては、金銭の支払を求める趣旨が明らかにされていれば足り、必ずしも一定の金額を明示する必要はないと解すべきである。
次に、民事調停法第一九条は、同法第一四条(調停の不成立)の規定により事件が終了した場合において、申立人がその旨の通知を受けた日から二週間以内に調停の目的となつた請求について訴えを提起したときは、調停申立の時に、その訴えの提起があつたものとみなす旨規定している。
これを本件についてみるに、原告は本件労災事故にもとづく損害賠償請求に関し右事故発生日より三年以内である昭和四五年四月一日に民事調停を申立て、同年八月二八日不成立により事件が終了するや、同年九月四日に本訴(それは、前記のとおり本件労災事故にもとづく損害賠償請求権の行使である。)を提起しているのであるから、本訴における本件労災事故にもとづく損害賠償請求権の消滅時効は右調停申立の日である昭和四五年四月一日に中断したものといわなければならない。
この点に関する原告の主張は理由がある。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 石井玄 上田豊三 木村修治)